2012年01月20日

ゲオルク・クリストフ・ビラーへのインタビュー【その1】聖トーマス教会合唱団について

聖トーマス教会合唱団の指揮者でトーマス・カントールのゲオルク・クリストフ・ビラーへのインタビュー【その1】
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 聖トーマス教会合唱団は2012年に設立800周年を迎えます。たくさんのお祝い行事も予定されているようですが、そもそもこの著名な少年合唱団はどのような経緯で生まれたのでしょうか?
 1212年、ライプツィヒにアウグスチノ派聖堂参事会修道院が設立されました。そこに生活した人々は、礼拝の段取りを整えようとし、同時に合唱団を設立しました。これが今日の聖トーマス教会合唱団(トマーナコア)の誕生の瞬間です。彼らは、物を運んだり、鐘を鳴らしたりするミサの待者の務めを担いました。カトリック教会には、「女性は教会では黙すべし」という聖パウロが定めた掟があったため、司祭のみならず、教会音楽を司る者も男性でなければなりませんでした。そこで、ソプラノとアルトの声部を少年が担うことになったのです。ドイツでは一般的ではありませんでしたが、イギリスにはアルトゥス(カウンターテナー)という声部もありました。
 当時、そのような少年合唱団は学校や教会の至るところにありました。イギリスでは今も変わりません。ドイツでは1517年以降の宗教改革に伴い、その多くは解体されましたが、ライプツィヒにおいて市がこの合唱団を引き継いだため、存続されることとなりました。トマーナコアは、トーマス教会だけでなく、ニコライ教会、新教会、ペトリ教会など市内の他の教会でも歌っており、市はそのために存続させたのです。
 合唱団の少年には食事や泊まる場所を与えられました。そのことは貧しい家庭出身の子供にとっては大きな意味を持ちました。食事が与えられ、また付属のトーマス学校で優れた教育を無料で受けることができたのです。彼らは通りに出てコラールを歌い、お金を稼ぎました。1409年にライプツィヒ大学がトーマス修道院で創設されましたが、大学とのつながりもあったことから、教師の多くは大学の教授で、トーマス学校はその当時から名門学校だったのです。

ビラーさんご自身、1965年から74年までトマーナコアに所属され、また1992年からはカントールとしてこの合唱団を率いていらっしゃいます。ビラーさんの人生にとって、トマーナコアとはどういう存在でしょう?
 今でもよく覚えているのですが、私が1965年にトマーナコアに入って最初に歌ったのは、バッハのモテット「イエスよ、わが喜びよ」でした。私はその音楽に魅了され、敬愛の情を抱きました。自分が演奏する側の真っただ中にいたのですから、それは素晴らしい経験でした。ただ、もう一方にあったのは、ホームシックでした。それでも私は合唱団にそのまま残り、後年ソリストとして戻ってきて何度も共演し、今は指揮をしています。トマーナコアは私の人生を決定付けました。この合唱団にはずっと魅了されてきましたが、常に喜びの気持ちばかりだったわけではありません。

この合唱団との長い活動の中で、特に感銘を受けられた音楽体験は?
 バッハの受難曲を演奏する時です。バッハの音楽が偉大というだけでなく、そこには今でも現代人の心に訴えかけるメッセージがあるからです。ヨハネ受難曲然り、マタイ受難曲然り。

トマーナコアは9歳から18歳まで約100人の男の子から成り立っています。その母体であるトーマス学校で彼らがどんな日常生活を送っているのか、少しお話いただけますでしょうか?
 トマーナコアのメンバーは最初トーマス学校に通うわけですが、午前中は授業を受けます。演奏旅行などの関係で、時には短い時間の中で多くのことをこなさなければなりません。午後は、各自の宿題をこなしたり、楽器や歌のレッスンを受けます。その後は合唱のパート練習、最後に全体練習があります。毎週金曜日の夜と土曜日の午後はトーマス教会で歌います。祝日と日曜日には礼拝があります。
 生徒は大部分がライプツィヒとその周辺の出身で、ドイツの他の州から来ている子も何人かいます。彼らは学校に隣接したアルムナートと呼ばれる寮に住み、それぞれの部屋では年長の子と年少の子が6〜8人で一緒に生活します。そこで日常に関する教育をお互いにし合うのです。

子供たちはどのぐらいの頻度で親に会えるのでしょうか?
 水曜の夜、週末などです。ただ、子供たちの方で何も問題なければ、親が訪れる回数は少なくなります。家が遠い場合は休暇期間中だけという風に。夏と冬に長期休暇はありますが、今回のように演奏旅行で短くなることもあります。

子供たちにとってはなかなか大変そうですね。先ほどビラーさんが「楽しいことばかりではなかった」とおっしゃっていたことがわかる気がします。トーマス学校はいわゆるエリート学校と呼んでいいでしょうか?
 そうですね。私たちは何よりコンサートの舞台や教会で毎回高い成果を示さなければなりません。また、昔に比べて高い声を保てる時間が長くありませんので、子供たちにとっては大変ことです。昔は声変わりが15歳ぐらいでやって来ましたが、今は遅くても13歳と早まっていますから。

聖トーマス教会のカントールとして、また教育者として、ビラーさんの哲学は?
 お答えするのはなかなか難しいですが、私の中で一つ哲学と考えているのは、システムを何も持たないということです。そう言うと悪く聞こえるかもしれませんが、私なりの意図がありまして、それは好奇心と覚醒です。常に違うことをやって驚かせる、同じことをやりながらも少しずつ変えていく。熟考した上でやるのではなく、私はその場で思い浮かんだことを即座に実行します。もちろん、「正しい音程で!」とか、「そこはもっと正確に!」ということは何度も言いますが、ルーティン・ワークに陥らないよう、毎回やり方を変えるのです。それによってうまくいくこともあります。
 もう1つ大事なことは、バッハが書いた音楽をきれいに響かせるだけでなく、そのテキストに込められたメッセージを伝達することです。私たちはバッハの作品を育成することを大事な任務と考えています。もちろん、バッハ以前にも以後にも素晴らしい作曲家がここで活躍しましたから、彼らの作品も演奏しますが。

今年の創設800周年のハイライトをいくつかご説明いただけますか?
 いくつものテーマやハイライトがありますが、その一つは、800周年のために書かれた一連の祝祭音楽です。本来ならば今日(1月6日)の礼拝で、ソフィア・グバイドゥーリナの作品が初演されるはずだったのですが、作曲家の病気によりキャンセルになり、通年通り「クリスマス・オラトリオ」の第6部を演奏しました。復活祭には私の新作、精霊降臨祭にはヘンツェの新作が、宗教改革祭ではハインツ・ホリガー、クリスマスにはオーストラリア出身の作曲家ブレット・ディーン、来年1月にはグバイドゥーリナの代わりとしてペンデレツキの新作のミサが初演されます。
 それ以外に、計4回の祝祭週間があります。3月には、ドレスデンの聖十字架教会合唱団、レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊、ケンブリッジ・キングス・カレッジ聖歌隊という著名な少年合唱団がライプツィヒにやって来て、合同で歌います。また、7月にはバッハ音楽祭、9月にはトーマス学校、10月末にはトーマス教会を舞台にして、それぞれ1週間の祝祭週間が行われます。

ビラーさんは大バッハから数えて16代目のトーマスカントールだそうですね。トマーナコアの伝統をどのように受け継ごうとされているでしょうか?
 先ほどもお話ししましたが、音楽はただの娯楽ではなく、伝達内容を持っています。バッハや歴代のトーマスカントールの遺産を正しく伝えること、これが1点。もう1点は、今年初演される祝祭音楽のように現代の音楽を取り上げることも大切と考えています。バッハのカンタータにしても、私たちは同時代の音楽として日曜の礼拝で奏でてきたわけですから。
 また、将来のことを考えて私たちは「フォールム・トマーヌム」という育成組織を作りました。これは、コンサートや礼拝だけでなく、多くの方に参加していただく対話の場です。作品の解説をしたり、一緒に歌ったり、私たちの仕事の過程に飛び込んでもらったり、というように多くの催しを企画しています。


Thomanerchor_flyer.jpg聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団

2012年2月28日(火)18時30分開演 東京オペラシティ コンサートホール
2012年2月29日(水)18時30分開演 サントリーホール
2012年3月1日(木)18時30分開演 サントリーホール

J.S.バッハ:マタイ受難曲

<ソリスト>
ウーテ・ゼルビッヒ(ソプラノ) Ute Selbig(Soprano)
シュテファン・カーレ(アルト) Stefan Kahle (Alto)
マルティン・ペッツォルト(テノール/ 福音史家) Martin Petzold (Tenor / Evangelist)
クリストフ・ゲンツ(テノール) Christoph Genz (Tenor)
マティアス・ヴァイヒェルト(バス) Matthias Weichert (Bass)
ゴットホルト・シュヴァルツ(バス) Gotthold Schwarz (Bass)
posted by JapanArts at 13:57 | 聖トーマス教会合唱団 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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