2012年01月26日

ゲオルク・クリストフ・ビラーへのインタビュー【その2】マタイ受難曲について

聖トーマス教会合唱団の指揮者でトーマス・カントールのゲオルク・クリストフ・ビラーへのインタビュー【その2】

Thomanerchor_flyer.jpgマタイ受難曲は西洋音楽史における1つの頂点であると語られることが多いですが、ビラーさんにとってこの作品の特別なところを教えてください。
 マタイ受難曲は、多くの点で特別です。伝達内容の豊富さもそうですが、作品の構成も他の受難曲と違います。1729年、バッハは二つの合唱から成る形でこの受難曲を作りました。ここでは、「シオンの娘」と「信ずる魂」という二つのグループ間で対話をさせているのです。それは「来たれ、娘たちよ、われと共に嘆け」の冒頭からそうで、続いて「見よ」「だれを?」という対話がやってきます。おそらく1729年バッハがコレギウム・ムジクムを引き継いだ後、合唱とオーケストラをそれぞれ二つにする構想が浮かんだのだと思います。それが全体を通して貫かれます。現存しない1727年の初稿版は、おそらくまだ二重合唱の構成にはなっていなかったでしょう。この多重構成は、非常にモダンといえると思います。
 それに加えて、バッハは「おお神の子羊」のコラールを歌うグループを二つの合唱から離れたトーマス教会の祭壇に置きました。他にも、あるアリアは第1オーケストラだけだったり、それに第2オーケストラが加わったり。群衆を表すトゥルバも二つの合唱で歌われます。レチタティーヴォでのイエスの声には弦楽器による光背が付けられています。そしてまた信徒共同体の声であるコラール、二つの合唱による民衆の合唱へと続く・・・巨大な構成です。しかし、この作品の中心となるのは(マタイ受難曲で明確な中心を探すのは難しいのですが)、私が考えるに「愛よりしてわが救い主は死のうとしておられます」というソプラノのアリアです。フルートと2本のイングリッシュ・ホルンというごく小さな編成。それまでの群衆のシーンから、突然静寂が支配します。このアリアこそが、マタイ受難曲におけるもっとも重要なメッセージだと私は思います。

キリスト教を信仰していない日本人でも、この作品を理解し、また楽しむことは可能でしょうか?
 ええ、それは大丈夫です。一つには、何より音楽が巨大で内容豊かなことです。バロック音楽では記念碑的な規模といえるでしょう。記念碑的といっても、例えばワーグナーのような巨大さとは違い、はるかに室内楽的です。ただ、二つの合唱とオーケストラという編成はバロック音楽としては巨大で、長さの面からもおそらくこれ以上の作品はないでしょう。
 もう一つ、この作品は宗教の垣根を越えて、人間にメッセージを語りかけてきます。例えば、先ほどお話ししたアリアで言いますと、「愛」、つまり他者に顔を向けること、連帯や同情。これが「マタイ」の中心テーマなのです。

マタイ受難曲の中で、ビラーさんが特に敬愛して止まないアリアやコラールがあれば挙げていただけないでしょうか?
 例として、イエスの死の直後に歌われる「Wenn ich einmal soll scheiden」(いつの日かわれ去り逝くとき)というコラールを挙げたいと思います。非常に静かで、音量も小さい。バッハは音量の指定を楽譜に書いているわけではないけれども、ここはそうでなければなりません。起きた出来事、つまりイエスの死を前に心打たれたのであれば、人は静かになります。「マタイ」全体を通しても、魔法にかけられたような瞬間です。
 ここには、人間の精神としてあるべき一つの姿があります。キリスト教を信仰していない人でも、「いつの日かわれ去り逝くとき」というこのコラールによって自分の死を思い、またキリストが死後にわれわれに示したことを思うと、死は終わりではない、恐れるべきものではないことを知るのではないでしょうか。

ビラーさんの最近のCDではソプラノやアルトのソロに合唱団のメンバーを起用することが多いようですが、マタイ受難曲についてはどのようにお考えですか?
 バッハの時代の慣習に倣って、今回の日本ツアーでの「マタイ」も最初はソロ・ソプラノにボーイ・ソプラノを起用しようと考えたのですが、ホールが大きいことやこのパートの技術的な難度などから判断して、ソリストのウーテ・ゼルヴィッヒに歌ってもらうことになりました。アルトのソロに関しては、アルトゥス(カウンターテナー)のシュテファン・カーレが歌います。彼は昨年夏までトマーナコアのメンバーで、ソロパートの歌唱も素晴らしいものがありました。

マタイ受難曲を指揮する上で、ビラーさんが目指していらっしゃることは?
 「マタイ」はとにかく巨大な作品で、あらゆる表情、特色がこの中に盛り込まれています。ある曲はとてもドラマチックに、またある曲は極めて柔和に、という具合に。そして多くの問いかけとそれに対する答えがあります。そういった音楽上の要求全てを満たさなければなりません。

1990年以降だけを見ても、聖トーマス教会合唱団の来日は過去5回、今回が6回目です。聖トーマス教会合唱団、そしてバッハの音楽は、なぜ日本でこれほど愛されるのでしょうか?
 私が思うに、日本の方々は(ドイツ人もそうですが)構造と規律に対する感覚を強く持っています。同時に、その構造と規律の中に、いきいきとした活力を見いだそうとします。また、質や深みに対して求めるレベルも高い。それらを全て満たすのがバッハの音楽で、日本の皆さんがバッハに熱狂される理由もそこにあるのではないでしょうか。

昨年3月の大震災の後、多くのコンサートで冒頭にバッハの「G線上のアリア」が演奏されました。聴衆の多くが涙を流していたと聞いています。今回の日本ツアーでビラーさんが期待されていること、また音楽を通じて日本の聴衆に届けたいと思われることは何でしょうか?
 東日本の大震災以降、さまざまな情報が流れまた錯綜する中、合唱団の子供たちを日本に送る用意ができているか、私は彼らの親に尋ねました。彼らの過半数が反対していたら、今回のツアーは不可能だったでしょう。私は皆さんの前で、「(ツアーに行くことで)私たちが日本人の友人であるという意思表示をしたい。太陽が出ている日々だけでなく、太陽が出ていない日、つまり困難な時に手を差し伸べてこそ真の友人であると思う」と言いました。音楽というものは、言葉とは全く違った形で人間を慰める可能性を持っています。力にもなり得ます。私たちは今回の日本ツアーでそのことを示したいと思うのです。

インタビュー・構成:中村真人(ベルリン在住)


昨年の12月31日、合唱団はこのバッハの「G線上のアリア」を合唱にアレンジして、日本の友人の皆さまのために特別に歌いました。
ビラーさんは、誰もが知るバッハのメロディーを、「私たちに平和を与えたまえ」(Dona nobis pacem)という歌詞に乗せて歌おうと考えたのです。



聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団

2012年2月28日(火)18時30分開演 東京オペラシティ コンサートホール
2012年2月29日(水)18時30分開演 サントリーホール
2012年3月1日(木)18時30分開演 サントリーホール

J.S.バッハ:マタイ受難曲

<ソリスト>
ウーテ・ゼルビッヒ(ソプラノ) Ute Selbig(Soprano)
シュテファン・カーレ(アルト) Stefan Kahle (Alto)
マルティン・ペッツォルト(テノール/ 福音史家) Martin Petzold (Tenor / Evangelist)
クリストフ・ゲンツ(テノール) Christoph Genz (Tenor)
マティアス・ヴァイヒェルト(バス) Matthias Weichert (Bass)
ゴットホルト・シュヴァルツ(バス) Gotthold Schwarz (Bass)

詳しい公演情報はこちらから
posted by JapanArts at 17:25 | 聖トーマス教会合唱団 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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